
「WAN TALK vol.3 “ENCOUNTERS”から世界に向けて」イベントレポート
令和7年度 文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業の成果発表イベント「ENCOUNTERS」の関連イベントとして、WANの第2期採択クリエイター4名(小宮知久、花形槙、村本剛毅、吉田山)が登壇したトークイベント「WAN TALK」が2026年3月7日に開催されました。
WANアドバイザーでもある戸村朝子さんをモデレーターに迎え、4月以降ニューヨークに派遣されるクリエイターたちの海外展開ビジョンと、今後の展望がディスカッションされたイベントの様子をレポートします。
文:塚田優
キュレーターとアーティスト、4人のニューヨークでの活動予定
イベントではまずWANのプログラム概要が紹介され、各人の自己紹介および派遣先であるニューヨークでの活動予定が話されます。
最初に発表をしたのはキュレーター、アーティストの吉田山さん。自身の興味として「使っているメディアに関係なくさまざまなジャンルのアーティストと協働することに関心がある」と話します。その試みは東京・渋谷を舞台に、XR(クロスリアリティ)技術を用いた作品を各所で展示する展覧会「AUGMENTED SITUATION D」(2023)のようなメディア・アートと親和性の高いものもあれば、展覧会の会場で使用されたパネルから本をつくるプロジェクト「MALOU」など、ユニークなアプローチを伴うものばかりです。メディア芸術クリエイター育成支援事業(以下、支援事業)にも採択された《風の目たち》は、5cm立方に収まる小さな作品とAR作品を、ヨーロッパ各地の窓辺に恒久設置し、アーカイブする移動型アートプロジェクトであると説明され、出版された記録集が客席に回覧されました。
そんな吉田山さんは、ニューヨークでネットワークづくりを行いたいと語ります。関係を持った人たちにこれまで出版してきた本を渡す予定だと話し、現地で《風の目たち》の記録集を流通させるというプランも明かされました。

花形槙さんは技術や資本に取り囲まれた私たちの身体に介入し、誤用することを通じて、身体のリアリティを問うてきました。身体を他者に貸し、操られることで感覚が再編される《Uber Existence》(2020~)や、デバイスの装着によって人間の目の位置を変え、身体スキームを再構築する《still human》(2021~22)といったこれまでの活動を紹介します。個展「技術的嵌合地帯 —CHIMERIA」(2024)では、このアイデアをさらに発展させたと話します。「例えば足先に目があると、今まで通り物を持つこともできず、あらゆるアフォーダンスが拒絶されます。そうした状況下で食べ、排泄するという基本的な生活を参加者と一緒に実践した」と花形さんは報告しました。
最新作である《エルゴノミクス胚・プロトセル》(2025)では、人間が椅子になるというコンセプトのもと、パフォーマンスを上演した花形さん。ニューヨークでも「《still human》で用いたデバイスを現地の人に付けてもらおうと思います」と述べ、ワークショップ的に展開する予定があることを教えてくれました。また、資本主義から生まれる激しい格差が、身体にどのような感覚をもたらしているのかについてもリサーチを行いたいと積極的な姿勢を示しました。

続いて、メディアアーティストで作曲家の小宮知久さんのプレゼンテーションに移ります。クラシック音楽の楽譜中心の考えとは違う発想で活動する小宮さんは、日本語とフィンランド語に同音異義語が多数あることから発想した、常に二重の意味を持つ合成言語「KOE語」のプロジェクトを進めています。まずニューヨークで取り組みたいと小宮さんが話すのは、「KOE語」による歌唱です。支援事業で《koekko》での「KOE語」の二重化する特性を踏まえ、声を二重化する装置を制作した小宮さん。「これは気温や湿度といった周囲の環境を取得し、パフォーマーの母音やピッチを変えていく装置です。すでにフィンランドの屋外でもパフォーマンスを行いましたが、さまざまな場所で音を収集していきたいと思います。ニューヨークにもこの装置を持って行き、使ってみたいと考えています」とその概要と今後の展望を語ります。
他にも小宮さんは、ニューヨークの多言語的な状況やコミュニティのリサーチ、現地で活動するアーティストとの協働・発表について滞在期間中の予定が話されました。

アーティストの村本剛毅さんは「目の前のことすべて、本当にわけがわからない。とりわけ、たとえば何かがどこからかどこかへと至ること、媒介ということがまったくわからない。媒介する装置そのものをつくることで、私はそれに対処しています」と、自らの制作のモチベーションを表明します。
村本さんはその考えがよく現われている作品として《Training Wheels》(2022~)をあげます。これは穴の空いた真鍮とそれを覗いて何かを見るときに信じることを指示したインストラクションのペアで構成されるシンプルな作品であるにも関わらず、鑑賞者の能動的な努力によって関係の変容を惹き起こす作品です。《Imagraph》(2020~)は目をつむっている鑑賞者に、村本さんの描いたドローイングを瞼越しに投影する光学装置であり、《Lived Montage》(2020~)もまた他者と視界を映画的に共有・編集するメガネであるなど、視覚的なアプローチです。
対して《Semantic See-through Goggles》(2023~)や《Media of Langue 》(2019~)は言語によってコンセプチュアルに提示されており、村本さんはその都度異なる方法で知覚やコミュニケーションについて探求してきたことが話されます。支援事業では「メディアそのものへ向かう美的な認識を発見することは可能か?」という命題の元、展示やシリーズ作品のチューンナップに取り組んだことについても紹介されました。
最後に村本さんは「ニューヨークは資本主義のもとであらゆることがコンテンツになり、作品そのもののメディア性が弱化されやすい。そういった状況の中で、メディアをアートワークとして発明・彫刻するという自分の仕事と社会の関係を考え直したい」と派遣先での活動方針を述べ、プレゼンテーションを終えました。

WANに応募した理由とそれぞれのアンカリング
4人の発表を終え、戸村朝子さんは「それぞれがメディウムに向き合って、新しい世界の見方、パラダイムシフトを起こしてくれそうな活動をしている」とまとめつつ、なぜ今回WANに応募したのかを尋ねます。
吉田山さんは、自らの海外経験が少ないことから「挑戦してみよう」と思ったと話します。滞在期間中は、出会いのチャンスを増やしていきたいと述べ、1年や半年という長い期間の派遣ではなく、1、2ヵ月という短い滞在期間だったことも決断しやすかった理由として付け加えました。
花形さんも吉田山さんと同様に海外の経験が少なかったことに触れながら、自らの実践の非言語的な感覚が、どのくらい他の文化圏に通用するのかに興味があったと話します。また日本でも作品に取り入れていましたが、現地ではギグワーカー(*1)やタクシードライバーの労働者コミュニティとも接触して、物価が高い中での人々の生活実感を感じながら、インスピレーションにしたいと話します。
小宮さんは言語が重要なファクターとなっているプロジェクトを進めているため、「日本という単一言語の環境から出て考える必要がある」とその応募理由は明確です。とくに多言語が飛び交う世界都市としてのニューヨークの位置づけに魅力を感じると語ります。
村本さんは違った環境への関心と同時に、自身が影響を受けた美術史をはじめ興味ある分野が以前からあったことを渡米の理由にあげます。

戸村さんは4人のモチベーションを改めて確認し、グローバルな社会の激動の中アート活動をつづけていく上で、自分の信念をどこにアンカリングするか(=錨を下ろすのか)について問いを投げかけます。
吉田山さんは鴨長明『方丈記』を引き、ネガティブな状況であってもそれを柔軟に受け入れていく姿勢に共感を示しながら次のように続けます。「アートは失敗を受け止めてくれる分野だと思っているので、錨を上げたり下ろしたりしながら、もし失敗しても次に生かしていくことで面白いなにかが生まれるのではないか」と答えます。
小宮さんは「KOE語」が二重の言語であり、意味をずらしていくことに触れながら、アートはそもそもが世界の見方を変えるものであると話します。仕事では大学で基礎的な音楽理論を教えつつ、アーティスト活動を行っており、そうした振れ幅を自分の中で大事にしたいと述べました。
花形さんもそれに共感を示し、自分の身体に起こる喜びや苦しみを味わいつくした先にある、善悪も超越した開かれた場所を追い求めていると述べます。
村本さんは「生まれたときから不安だし、錨を下ろせるような場所はどこにもない。でもそれが自分に作品をつくらせている」と切り出します。そしてそうした不安の中で、一つひとの作品のアイデアを思いついた瞬間が、アンカリングできたときかもしれないと話してくれました。

戸村さんから4人への質問
イベントも終了時間が近づき、戸村さんは最後に個別の質問をします。まずは小宮さんに対して、「ENCOUNTERS」でも展示されていた作品が引き起こす、音がずれる感覚について感想を述べながら、新しい音楽の形をどのようにつくっていくのかを問います。小宮さんは、「音のずれは『KOE語』のプロジェクトに関しては重要なキーワードである」と応答しながら、今回展示されていた装置の発想源として、複数の奏者が同じ旋律を同時に演奏する際、リズムや音程の微妙なズレが生じ、複数の異なる旋律層が重なり合って聞こえる「ヘテロフォニー」があると述べます。こうした回答からは、小宮さんの制作には音楽理論のバックグラウンドがあり、そこから新たなパースペクティブを切り拓こうとする姿勢が伺えます。
ユニークな身体的形象が特徴的な花形さんの作家性に対して、戸村さんはそのような作風に至る原体験を訊ねます。思い返すと四肢が切断されている状態の夢に、逆説的な解放感を感じていたことを花形さんは述べながら、大学時代に電気刺激装置を使って他者の振る舞いを制御した時に、「自分はこのテーマで10年は制作を続けられる」と感動したエピソードを披露してくれました。
次に戸村さんは、村本さんの作品ごとに変わるアプローチと、都度観客に新しい視座を与えてきたその仕事を評価しつつ、その到達点がどこにあるのかと問います。村本さんはそれまでの逡巡する語り口とは打って変わり、「自分のなりたいアーティスト像というのは持っていません。今は一つひとつの作品を仕留め切りたいと考えています」と答えました。
吉田山さんには「キュレーターとして現代をどう見ていらっしゃいますか」と戸村さんは投げかけます。吉田山さんは「今は個々人が境界線をかなり強く持っていて、それをひとつのきっかけとして衝突や亀裂が起こっています。なので『個』ではなく、どう『群』のことを考えるかが重要です。個の境界がどのように外されていくのかというときに、アートやデザインがいかにメディエーションとして能力を発揮するのかが大切だと思います。そして、それこそがものづくりの面白さだと思います」と述べました。「群」として存在している『サザエさん』と、「個」として存在している『ちびまる子ちゃん』を対比するなど、戸村さんのスケールな大きな問いを、日常的な感覚の延長線上に捉えようとする応答が印象的でした。
戸村さんの各人の活動の特性をとらえた質問に対して、登壇者4名はそれぞれ自身の言葉で真摯に回答し、渡航前の思いを語ったトークイベントとなりました。

(*1)ギグワーカー
インターネット上のプラットフォームを介して、雇用契約を結ばずに、短時間・単発の仕事を請け負う働き手のこと。ミュージシャンがライブなどで一度限りのセッションを行うギグ(gig)に由来。
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