
NY滞在レポート♯1:田中みゆき
2025年10月にニューヨークにわたった田中みゆきさんから、現地のレポートが届きました。アクセシビリティを研究テーマのひとつにする田中さんは、2022年にもアジアン・カルチュラル・カウンシルのニューヨークフェローシップに採用され、7月から12月にかけて障害者コミュニティのリサーチで渡米しています。「初めて行く場所ではないからこそ自分にできることがある」と、WANの第一期に応募した田中さんが、あらためて感じた現地での人との出会い方をつづります。
アメリカで、会いたい人に会う方法
アメリカには不慣れな訳ではないけれど、アメリカのコミュニケーションスタイルに慣れるにはいつも少なからず時間がかかる。自分の英語を取り戻すのにも時間がかかる。今回も2週間くらい経ってようやく色々と感覚が戻ってきた感じがあった。
やはり日本にいると、日本独特の空気を読み合うような文化にどっぷり浸ってしまい、コミュニケーションもまどろっこしいものになりがちだ。
アメリカで誰かと相対する時は、こちらの意図や期待を読み取ってくれるだろうという期待はそもそも持たない方が良い。最初の10秒で相手の興味を引けなければ、その人の注意はあっという間に削がれてしまう。ひとまず日本という遠方から来たことにわずかばかりの尊重を示してくれることが多いので、その瞬間に本気を見せて懐に飛び込むしかない。でも本気を見せればそれに応えてくれるのが、アメリカ人の最も好きなところだ。
アメリカでは、そもそも日本に興味を持っている人はいないと考えておいた方がいいと思う。というか、アメリカ人はアメリカ人のことにしか興味がない。もし日本を好意的に思っていたとしても、「京都に行ってみたい」とか「日本食は美味しい」とか、その程度の印象だ。最近の日本の停滞ぶりがまだ伝わっていないことは有り難い。
前提としてアジア人の存在感は薄く、軽視されがちだ。だから人種や文化に関係なく、個人としてわたしはあなたと話す価値がある人間だということを最初に端的に示す必要がある。
特にニューヨークの人たちは忙しい。街のリズムが異常に早く、それに伴い人の時間感覚もとても早い。だから正直会ったこともない人に時間を割いてくれることは珍しく、メールもしつこく何度も送ってようやく一度返ってくれば良い方だと思う。そのため会うまでにとても時間がかかる。しかし会ってようやく自分という人間を脳内にインプットしてもらうことができるので、会わないことには何も動かない。でもそこで相手の迷惑を考えて控えていてもどうにもならないので、遠慮はしなくていいと思う。面倒臭かったらいずれにせよ会ってもうまくいかないし、それはそれで相性なので仕方がない。
わたしは幸い3年前にアジアン・カルチュラル・カウンシルのニューヨークフェローシップに採択され、約半年ニューヨークに調査滞在していた。半年という時間をかけてようやく会うことができた人たちがいたし、半年かかっても自分に時間を割いてもらえなかった人もいた。特にわたしは障害者コミュニティと会うことが多いので、自分が見た目でわかる障害を持っていないことで、必要以上に警戒されることも少なくない。
時期も慎重に考えた。わたしが会いたいコミュニティの人たちは、そもそも街に出るためのアクセスに困難がある場合が多い。さらに時期が冬となると体調の悪化を避けて外出を控える人も少なくないので、会うことが難しくなる。本当は障害者月間(Disability Pride Month)である7月がベストだったが、WAN事務局の渡航準備が秋以降でないと間に合わないということが分かり、今回は次にアクセシビリティに関するイベントが多い10月を選んだ。

今回改めて準備をしたことと言えば、3年前に調査した文化施設などのアクセスプログラム(アメリカではアクセシビリティのあるイベントをこう呼ぶ)を一通りチェックして自分のスケジュールを決めるのと、先に書いたような時にストレスフルなファーストコンタクトを経なくても近況を共有し合うことのできる、自分の中でのキーパーソン何人かとアポを取っておくくらいだった。
有難いことに、多くの人と初めて出会うのではなく再会することで、踏み込んだ話ができる関係を作れていることを実感することができた。そして、安心して対話することができる人たちが少なからずいることが、これまで全く相手にされなかった人を思いがけず呼び込んでくれたりした。それはアメリカに限らず、どの社会でも人間関係というのはそういうものなのだと思う。人と関係を作るのにショートカットはない。
わたしは初めて行く場所ではないからこそ自分にできることがあると思い、今回WANに応募させてもらった。もし初めてだったとしたらどうしただろう。ゼロから始めた時のことを振り返っても、わたしは足で稼ぐ人間なので、やはり片っ端からアクセスプログラムやコミュニティのイベントを調べて足を運ぶことから始めると思う。そうすることで、どういう空気感で入っていくのが良いかを学んでいった。上手くいくことばかりではなくて、挨拶程度のアメリカ手話(ASL:American Sign Language)しかできないのに、ろう者だけが集まってゲームをする会に一人だけ聴者のわたしが紛れ込んでしまったこともあった。

ニューヨークは、つねに街でさまざまな出来事が起こっている。今回も、思いがけず反テクノロジー運動を展開する若者たちと出会うことができた。だから美術館やギャラリーを巡るのもいいけれど、できる限り多くの時間を街中で過ごすのが良いと思う。時間が限られているということで、失敗や無駄を避けたいと思ってしまうこともあるだろう。でもニューヨークという街はさまざまな偶然を生む力を持っているし、面白いと思った物事に本気で入っていけば応えてくれる人たちが必ずいる。
(田中みゆき キュレーター、アクセシビリティ研究者、社会福祉士)

